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執筆者の写真広く表現の自由を守るオタク連合

名古屋市長意見陳述書の問題点:「日本国民へのハラスメント」と歴史修正主義

 新橋九段です。

 少し時間がたってしまいましたが、8月5日に例の名古屋市対愛知県のトリエンナーレ裁判の第1回口頭弁論があり、名古屋市長が意見陳述を行いました。この陳述の全文は名古屋市のホームページで全文を見ることができます。


 私は法律家ではないのでそういう観点からこの陳述を評価することはできませんが、しかし、表現の自由を尊重するものとして、あと常識的な市民の感覚としてかなり「異様」な陳述内容であったので、2点だけ指摘しておこうと思います。皆さんもぜひご自身の目で確かめていただければと思います。


1.展示内容がハラスメントである?

 名古屋市長は陳述書の3ページでこのように述べています。

 不自由展で,私がもっとも問題視し,この裁判でも争点となるべき本質的・中核的な問題は,「愛知県民が親しみやすい祝祭的な」芸術祭・美術展を見に来た日本国民・名古屋市民にとって,その心を傷つけるような作品の展示が,公共事業として適正なものなのか?,そのような「ハラスメント」とも言うべき政治的に偏った作品の展示について,愛知県や名古屋市といった地方公共団体が主催し,「公金を使っていいのか?」という問題です。(下線部には傍点)

 また、続く5ページからは以下のように述べています。

 第1は,大浦信行氏作の「遠近を抱えて PartⅡ」と題する作品です。
 この作品は,昭和天皇の肖像写真をバーナーで執拗に燃やし,その灰を靴で踏みつけるといった由々しき映像を含む作品です。
 日本国憲法1条で規定されておりますとおり,天皇陛下は,「日本の象徴」であり,「日本国民統合の象徴」です。
 日本国民一般の社会常識的な理解として,「日本の象徴」に対する激しい憎念に満ちた攻撃・暴力・破壊をモチーフとし,人間の尊厳をも冒(おか)す内容の作品については,たとえその芸術性について,作者がいかなる弁明をしようが,また,いかなるキュレーションが施されようが,私・名古屋市長は,公共事業として相応しいものでは絶対にありえないと考えております。
 実際にも,私自身,この作品をみて,心が激しく痛みましたし,この作品を見た圧倒的多数の国民の皆様も,私と同様,その忌まわしさに激しい嫌悪感・険悪感・吐き気を覚え,心が深く傷つけられたものと思われます。
 したがって,このような他人の心を傷つける問題作品については,その展示自体が,「ハラスメント」になるものと考えます。そして,このようなハラスメント作品の展示を公共団体主催の芸術祭・美術展で展示することなど,絶対にあってはならないことだと確信しております。

 いまひとつ主張が判然としませんが、おそらく「天皇を攻撃する作品」が「展示を見た日本国民の気分を害する」ので「ハラスメントである」という理路だと思われます。


 まず第一に指摘しておきたいのは、前回『河村たかし名古屋市長による愛知県知事リコール運動に賛同すべきではない理由』で指摘したように、『遠近を抱えて PartⅡ』は天皇を攻撃する作品ではなく、従ってこの作品から攻撃や憎悪を読み取り気分を害するという反応それ自体が一般的な反応とは言えません。


 もちろん、作品の解釈は自由です。また、作者はある程度は作品の影響の責任を負うでしょう。しかし、明らかに妥当な理解や常識的な推測から外れた反応にまで責任を持てというのは無理があります。ましてや、曲解によって生じた反応をどうこうすることはできません。


 また、ここでいう「ハラスメント」であるという主張は、端的に言って言葉の誤用です。ハラスメントは直訳すれば「いやがらせ」ですが、「セクシャルハラスメント」の例からもわかるように、多くは「立場の弱いものが強いものから受けるいやがらせ」という文脈で使用されてきました。


 日本国内においては、少なくともエスニシティの面では日本人は最大のマジョリティであり、最大の強者です。そのような属性に対して「ハラスメント」が生じることはあり得ません。


 このような誤った文脈で「ハラスメント」という言葉を、特に市長という公職で権威的な立場の人間が使用することは、これまでに女性などのマイノリティの権利擁護のために積み上げられてきた議論にフリーライドし、収奪するという意味でも問題があります。


 最後に、仮に市長のハラスメント理解を無批判に受け入れるとしても、この主張は結局のところ「不快であるからけしからん」という以上の内容にはなっていません。

 確かに、極めて極端な不快感を生じさせる作品は公共の作品展に相応しくないといえるかもしれません。しかし、この作品はそもそも天皇制に対する批判的な文脈が(多かれ少なかれ)存在することを考慮しなければいけません。


 批判的な言説は、特に表現の自由において重要であり、表現の自由が守られるべき理由でもあります。そのような表現を「不快である」という理由で排除することは、まさに表現の自由を抑圧する行為であるというべきです。


 天皇制批判は巡り巡って、その制度を支持している人々への批判ともなります。批判は一般に、批判を受けている人にとって不愉快なものです。しかしながら、権力者が不快であるという理由で批判を弾圧することは決して許されるべき行為ではありません。


2.戦時性暴力に関する歴史修正主義

 陳述書は続く7ページで以下のように述べています。

 この作品は,周知のとおり,韓国ソウル市内の日本大使館前に立てられている,いわゆる従軍慰安婦像のレプリカです。
 いわゆる従軍慰安婦問題は,周知のとおり朝日新聞の「誤報」によって,日本国及び日本国民が「国辱」を受けました。すなわち,朝日新聞において,旧日本軍により,慰安婦が「強制連行された」などという,歴史的な事実・根拠に基づかない報道が,全世界に向け,大々的に,何度もくりかえし発信されたために,あたかも,慰安婦の「強制連行」が歴史的事実であるかのごとくに誤解され,日本国民,及び韓国国民のみならず,全世界にわたって多くの人々に信じ込まれてしまいました。
 そして,いわゆる従軍慰安婦像は,特に韓国の方々は旧日本軍による戦争被害の象徴的存在として,反日感情をかき立てる目的で,造形され,展示され続けていることは周知の事実です。
 しかしながら,いわゆる従軍慰安婦に関する朝日新聞の報道は,朝日新聞自らが「誤報」であったことを認め,謝罪したことは周知の事実ですし,このようないわゆる従軍慰安婦をかたどった人形については,日本国及び日本国民を侮辱するもので,著しく不快な思いを抱く日本国民,愛知県民及び名古屋市民は,決しては少なくないものと思われます。

 この部分には重大な事実誤認がいくつも存在します。これ以降も文章は続きますが、批判はこの部分だけで事足りるでしょう。


 まず第1に、これも前回指摘した通り、強制連行された朝鮮人の戦時性暴力被害者は実在します。確かに吉田証言は誤報であることが明らかになりましたが、この証言はそもそも戦時性暴力被害者の実在の証明にはあまり利用されておらず、吉田証言以外の証拠からすでに実在が明らかになっています。日本政府も戦時性暴力被害者がいるという立場に立っています。


 日本の中核を担う大都市の首長が、裁判という極めて精密に事実を争う場において、ましてやかつての日本が加害者となった出来事について、このような歴史修正主義によった発言をすること自体重大な問題であり、この1件だけで辞職にも相当しうるというべきでしょう。


 第2に、世界各地に作られている少女像は「反日感情」を掻き立てるためのものではありません。一般的な慰霊碑同様、その被害を忘れないために作られているだけです。

 歴史的事実や戦時性暴力被害者に冷淡な「現代の」我が国の態度が批判されているのは事実でしょう。しかし、日本への批判をすべて「反日感情」とラベリングする態度はあまりにも狭量で首長に相応しいものとは言えません。


 個人的なことを言えば、歴史的事実と人々の権利を尊重する立場に立っている私にとって、「ただ少女が座っているだけの像」が「侮辱するもので,著しく不快」だというのは理解に苦しみます。戦時性暴力が捏造であるという立場に立っているのであれば、確かに捏造された歴史を突き付けられている気分になって不快ではあるのでしょうが……。


 市長は陳述の後半で、このような展示を公認することが歴史的事実を愛知県が認めたという「裏書効果」を持つと主張しています。この効果の是非についてはさておきますが、仮にそのような効果があるとしても、戦時性暴力被害は純然たる事実であったので、愛知県がそれを裏書きすることに何ら問題はないと思われます。むしろ、名古屋市長がこのような主張を公然と行い、歴史的事実に反する内容を裏書きしていることこそが問題といえましょう。


 陳述の内容からもわかるように、本件は歴史修正主義の立場に立つ市長が、誤った歴史認識と自らの不快感を理由に表現を弾圧しようとしている事例です。名古屋市がこの裁判に勝てる見込みはほぼありませんが、この裁判を通じて市長の主張が広まるのは問題です。我々は歴史修正主義と表現弾圧の蔓延を避けるために、監視と批判を続けなければなりません。

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