新橋九段です。
12月10日に、世耕弘成自民党参議院幹事長が、報道ステーションの報道に「印象操作だ」などと批判(といえるものではないでしょうけど)をしました。
問題のツイートはtogetterで『世耕弘成自民党参議院幹事長による報道へ圧力をかける発言集』にまとめています。取り急ぎ、どのような点がまずいのかを簡単に書いておきます。
「批判」「異議」ではなく「圧力」になっている
ここで最大の問題は、世耕氏のツイートが「批判」や「異議」の範疇を超え、「圧力」というべきものになっているということです。
そもそも、世耕氏の立場は自民党の参議院幹事長です。つまり、政権を担う与党のそれなりの重役にあります。政権与党は所属する政治家を大臣として行政のトップに据えます。情報通信を所管する総務省も例外ではなく、現在の総務大臣は高市早苗氏、あの「電波停止」発言の御仁です。
世耕氏は、やろうと思えば総務省を介して放送局に圧力をかけることができなくもない立場です。少なくとも、できないよりはできる公算の方が高いでしょう。そういう圧力をかけられる人物が、報道内容を批判することは、気を付けなければ「圧力」として機能してしまいます。
そして実際、そのように機能したからこそ、テレビ朝日の報道局長が謝罪に来るという事態になったのです。
もちろん、政権与党の幹部といえど、報道内容に不満があったり、批判したくなる場合はあるでしょう。しかし、そのような場合、圧力として機能しないように批判するような配慮が当然求められます。少なくとも、世耕氏にそのような配慮がないことは、謝罪後に『放送内容を見て、謝罪を受け入れるか判断します』などと呟いていることからも明らかです。
会見終了後の発言は報じるべきではない?
もう1つ問題なのは、『「良いお年を」の部分は会見終了後。本来収録すべきではない部分』と書いているように、会見終了後の発言を報じてはいけないという、どこからともなく沸いて出たルールを振りかざしている点です。
当然ながら、どこであろうと、報道陣の前で発言した内容は報じられる可能性がありますし、それを留めるルールはありません。オフレコであると明言していた場合でも、発言内容によってはオフレコを解除されることもあり、何でもかんでも話していいというわけではありません。
かつて報道ステーションに携わっていた鎮目博道氏も、『報道ステーションは世耕議員の指摘するような印象操作を行ったのか?』で以下のように指摘しています。
次に、世耕議員の『「良いお年を」の部分は会見終了後。本来収録すべきではない部分。』という指摘について。この部分を報道ステーションが放送したことについてはどうだろうか?これは私は、特に問題はないと考える。なぜなら、公人が公の会見の席で話すことであるから、たとえそれが会見終了後であったとしても、それを撮影することも放送することも、全く問題はないと思われるからだ。その発言に意味があると考えれば、むしろ放送すべきであるということができると思う。
つまり、世耕氏は自身に都合のいいルールを振りかざし、報道できる範囲を狭めようとしているのです。これは明白な自由の抑圧でしょう。
そもそも「印象操作」なのか
これは私見ですが、そもそも今回の報道ステーションの報道は、謝罪が必要なほど悪質な印象操作であるとは思えません。
映像では、世耕氏は桜を見る会にかかわる疑惑について、『説明できる範囲はしっかり説明した』と虚偽(重要)の発言をし、カットが変わった場面では定例会見はいつまでやるのかという質問に『よいお年を』とへらへら笑って答えています。この二場面を見て、「年越しムードが漂っている」と評するのはさほど外れた解釈ではないでしょう。
世耕氏が意図した伝わり方をしなかった可能性はありますが、少なくとも不当といえるような曲解ではありません。
年越しムードという評価が誤りだというのであれば、報道へ圧力をかけていないで態度で示せばいいのです。そしてそれは、疑惑についてあるはずの資料を出せば簡単にできることです。
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